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京都の公卿・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵
自筆「源氏物語」の「若菜(わかな)下」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。●極上和本YM4272●〈百瀬〉ちらし書[百瀬ちらし書]百瀬耕元書 寛政9年 稀書往来物 原装題簽付 美本。
自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。★【古書・古文書】御系譜略 *広げると3m以上あります。★難有 ジャンク品 定形郵便発送可。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。土門拳全集 全13冊 土門拳。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。中條允(中条藍谷)注『明七才子詩掌故』(全七巻三冊揃)安永2年 梅村三郎兵衛他刊 江戸時代和本 中国明代漢詩集。現在の今上天皇と系譜がつながっている。析玄。
関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。●極上和本YM3219●父兄訓・笠翁諭言・第一上書 林子平 稀書 天明6年序 稀書。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。真宗和語聖教 10冊揃 明治14 浄土真宗 仏教 検)仏陀浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教禅宗臨済宗 戦前OV。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。●極上和本YM3177●順見状(天保8年)稀書往来物(他に所蔵無し) 巡見使。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 犬甘政準 具足鏡 古文書。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。歌川豊斎「二十四孝」(小判錦絵/全24枚揃)明治時代〜大正時代頃 浮世絵 彩色木版画譜 中国で古来有名な孝子24人を描く。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 石泉 犬甘半左衛門 中津藩 歴史的逸品 重要文化財 書状 古文書 8、9枚目に詳細説明文有。(資料の記録は下記に掲示)
出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。【中古】 オイレンブルク日本遠征記 上 (1969年) (新異国叢書 12 )。
自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。遠藤延好(藤原延好)『榲実』(全二巻二冊揃)万延元年序刊/青雲堂製本 江戸時代和本 和歌集 家集。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。久保田米僊・久保田米斎・久保田金僊画『日清戦闘画報』(3冊)明治27-28年大倉書店 日清戦争の戦闘風景を描いた彩色木版画譜 明治時代和本。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。将棋粹金。また、各巻ごとの書かれた年については不明。『慶応新刻雲上示正鑑』(全二冊揃)明治元年 岡田屋嘉七他刊 明治時代和本 名鑑。従って、応永五年とは、書き始めの年である。富士谷御杖『俳諧天爾波抄』(全六冊揃)文化四年 野田七兵衛他刊 江戸時代和本 俳諧書 俳書 俳句 富士谷成章の子 国学者。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。老鼠肝螺窓著 其角堂永機編 小築菴春湖校『俳諧みゝな草 下』明治14年 松崎半蔵刊 明治時代和本 俳諧書 俳書 俳句。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。白骨御文勧録 文化元年 写本 浄土真宗 蓮如上人 仏教 江戸時代 極楽寺蔵 大阪府守口市藤田町 本願寺派仏陀浄土宗真言宗天台宗空海親鸞PB。
大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。(古本)大本営陸軍部 大陸命・大陸指総集成6 昭和16年 森松俊夫 函付き モリティ出版 MO8009 19941031発行。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門」を称する。深尾須磨子『旅情記』昭和15年 実業之日本社刊(初版本)直筆献呈署名入(Sumako Fukao)。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。中井積善(中井竹山)原本 神惟孝(神晋斎)弁校『草茅危言摘議』(全五巻五冊揃)柳條閣活版 江戸時代和本 近世木活字本。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。信楽焼図解 1933年 小野賢一郎 陶器製造圖 神山村磁器 江州信楽 皇国陶器釜 写真版 コロタイプ 寶雲舎 単式印刷 陶器全集 和綴。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。【中古】 地方権力 保守の構造革新の体質 (1974年)。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。●極上和本YM4207●〈長雄〉隅田川往来 隅田川八景詩歌(明和8年)往来物 長雄耕雲 佐藤対雲 稀書往来物 原装題簽付。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。俳書/写本/「三疋猿・俳諧二十五箇條・芭蕉翁句略解(仮題)」/筆写人、筆写年不明/ 合本1冊。
旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。松本操編『明治外史』(全九編五冊揃)明治14-17年 思誠堂刊 明治時代史書 明治史。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。★【希少本 古書】志久礼 全 (志久れ) 詳細不明★ゆうパケット発送可能。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。【中古】 内外文様類集 (1979年)。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。『為今暁堂開庵披露 越後柏崎閻魔殿大奉額抜句』明治27年刊 明治時代和本(和装活字本)俳諧書 俳書 俳句 新潟県柏崎市郷土史料。
出品した「源氏物語」は「若菜(わかな)下」の内容の要旨
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。三井呉服店広告入 木村松次郎編『歌舞伎座筋書』(5冊=第52,60,67,68号+「歌舞伎座狂言筋書」)明治34-45年刊 彩色木版画装。若菜・下の巻名は朱雀院(前朱雀天皇)の五十の御賀があり、源氏の君はその賀宴を「このたび足りたまはん年、若菜など調(てう)じてや」に因む。福武直著作集 全12冊 福武直。柏木は朱雀院(前朱雀天皇)皇女で源氏の君の正室に降嫁した女三の宮へのかなえられない恋に煩悶する。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵保管 小笠原 天文九月吉日 古文書。四年の歳月が経過。北村湖春『源氏物語忍草』(4冊=巻2~5)菊屋幸三郎他刊 江戸時代和本 平安文学。冷泉天皇は在位十八年にして東宮に譲位し今上天皇として即位した。御集海浜歴覧記。翌年、朱雀院(前朱雀天皇)と女三の宮との対面を企画し五十の賀宴が催されることになった。大沢賚(大沢赤城)『韻鏡発輝 全』天保13年刊 江戸時代和本 押韻論。源氏の君は六条院の女たちによる「女楽」による演奏の宴を開いた。蜻尾の遊ひ 広瀬満正が久保盛明を伴い奥羽北海道紀行 大日本鉄道鉄道哩一覧表 北海道奥羽紀行 古地図 明治26年 広瀬満正 日誌。柏木は、女三の宮の姉・女二の宮を正室に迎えたが、女三の宮への未練を断ち切れずにいる。【中古】 日本史論叢 横田健一先生還暦記念 (1976年)。葵祭りの前日、柏木は源氏の君の不在時に小侍従の手引きにより女三の宮と逢瀬をした。藤井懶斎『国朝諫諍録』(全二巻四冊揃)貞享五年 犬飼猪兵衛他刊 安西雲煙旧蔵書(印記「子孫永保雲煙家蔵書記」)江戸時代和本。夏のある日、源氏の君は女三の宮の体調不良の原因がご懐妊と知り、不審を抱いた源氏の君が柏木から女三の宮あての手紙から柏木と女三の宮の密事が発覚する。和本 日蓮宗 日蓮宗秘書 着彩極密画 全 古文書 和本 古書 江戸時代。(女三の宮の子がのちの薫の君)源氏の君、41歳から47歳までを描いている。光緒年 監本四書 7冊 倣宋本 陸潤痒 木版刷 木刻本 唐本漢籍 清朝 検索⇒古籍善本 支那 彫版 刻経 玉扣 筒子頁 武英殿 套色印 白棉紙 書経。
自筆上部の「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。忍術からスパイ戦へ/藤田西湖/昭和17年・3000部/支那事變以來幾度か特殊の軍事任務に携はり我が忍術の今日に處して最大価値あるを認識した。押捺の詳細な理由は下記説明欄に記載
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。丘濬(邱濬)著 三宅元信注『故事成語考集註』(全二巻二冊揃)天保12年 林芳兵衛他刊 江戸時代和本 中国明代の朱子学者 唐本漢籍和刻本。)
大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載
《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
「若菜・下」の巻は英文で「New Herbs Part Two」と表記されます。手柄岡持(平沢常富)『岡持家集我おもしろ』(全2冊揃)文政2年序刊 狂歌集 狂詩・狂文 出羽国久保田藩士 戯作 狂歌師。
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という。たわけ問答。これは、中国の皇帝が譲位した場合、高位の高官も職を致仕(退官)するという「白氏文集」の漢詩文に由来している。Q4-W5/27 特選神名牒 思文閣 内務省蔵版。「若菜・下」では在位十八年の冷泉帝が譲位し、これにつれて太政大臣が致仕する。井上通泰『和漢朗詠集和歌評釈』明治37年 弘文館刊 明治時代和本(和装活字本)柳田國男の兄 森鴎外の親友 眼科医(井上眼科医院)。原文には、「かしこき帝の君も位を去りたまひぬるに、年ふかき身の冠(かふふり)を懸(か)けむ」と記されており、「白氏文集」の漢詩文からの引用である。日本往生伝。》
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。静軒百詩。)
「自筆原本」
自筆下の二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子・と娘の幾千姫(玉映)の落款。★H460和本江戸期能楽大鼓方楽譜写本「葛流大鼓年数附」1冊/山本保成門人鈴木照層/葛野九郎兵衛尉定之/音楽/古書古文書/手書き。
自筆上部のタテ長の印は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて
諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款。辻原沙木子(辻原元甫)『倭小学』(全六巻揃・合本二冊)万治二年 埜田弥兵衛他刊 江戸時代和本 教訓書 絵入本。
反対側の印は仙台藩医・木村寿禎の落款
《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。吉田暎二監修『三枚続逸品集 手摺木版浮世絵』(全20組60枚揃)山田書院刊 喜多川歌麿 鳥居清長 渓斎英泉 歌川国貞 歌川広重 歌川国芳ら。》
自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)
自筆が「古切」とされたのは江戸時代。【中古】 ラ・トゥール 夜の画家の作品世界 (1972年)。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載
(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。世界風俗往来。
《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という若菜・下の原文中に引用されている漢詩の落款が押捺されている。義士夜討高名咄。》
《「ねひまさり給ひに》・・・・けり」と、御覽すはかり、
用意くはへて、見えたてまつり給へと、事にふれて、教へきこえ給ふ。★【希少本 岐阜県 養老山 養老公園 観光案内書 古書 明治29年 1896年 発行】養老名所案内 伊奈千幹 挿し絵あり★スマートレター発送可能。
「けに、かゝる御後見なくては、まして、いはけなくおはします御有樣、
かくれなからまし」と、人ゝも、見たてまつる。【中古】 いたずら小おに (1975年) (学研小学生文庫 2)。
正月廿日許になれは、空もをかしきほとに、風、ぬるく吹(き)て、お前の梅
も、さかりになり行く。【中古】 科学と宗教 (1969年) (潮新書)。大方の花の木ともゝ、みな氣色はみ、霞みわたりにけり。【中古】 賃金 その理論と現状分析 (1966年)。
「月たゝは、御いそき近く、物さ音も、志かく(試樂)めきて、人いひなさむを。●極上和本YM3359●手習仕用集(初板)笹山梅庵(大海堂)作 元禄6年刊 初板本美本 稀書往来物 書道。
此(この)ころ(頃)、志(し)つかなるほと(程)に、
こゝろ(心)み(見)給(たま)へ」
とて、志ん(寢)殿に・・・・・《わたしたてまつり給(たま)ふ。唐顔真卿祭姪文稿 珂羅版 原寸大玻璃版 台北故宮法書 書道法帖 碑帖 碑刻 書帖 金石篆刻 拓片 拓本 顔魯公 摩崖石刻 唐本漢籍。》
(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 馬書覚書 古文書。
《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
《六条院の華麗な女性たち(紫の上、明石の君、明石女御、女三の宮)》
《朱雀院(前・朱雀天皇)の五十歳の御賀を兼ねて宮廷の豪華な祝宴の準備が進む》
《正月、女三の宮、紫の上、明石女御による女楽を開催し夕霧をその席に招く》
《宮(女三の宮)は、二十一、二歳くらいにおなりであるけれど、相変らず
成熟したところがなく幼げな感じで、ほっそりと弱々しく、ただかわいらしい一方とおみえになる。高僧和讃絵抄。
(源氏の君)「あなたは父君の院(前朱雀天皇)にお目にかかられぬまま
何年もたっているのですから、立派な大人に》・・・・・なられた、とごらんいただけるよう、
お心づかいしてお目通りなさいますよう」
と、殿(源氏の君)は、宮(女三の宮)に何かにつけてお教え申しあげなさる。但州湯嶋道中独案内。
(女三の宮お付の女房)「なるほど、このような行き届いたお世話役がいなかったとしたら、
なおさらのこと、幼くていらっしゃるご様子が隠れようもなかろうに」
と女房たちも拝している。マル秘 台湾 中国陸軍の編成 中華民国 介石 軍備 金門防衛司令部 澎湖防衛司令部 馬祖 装甲師 軽装師 大陸反攻 歩兵火力 軍の編制 軍団制。
《十六・正月、女三の宮、紫の上、明石女御による女楽を開催し夕霧をその席に招く》
正月の二十日ぐらいになると、空も晴れやかに、風もなま暖かく吹いて、
御前の梅も今を盛りと咲いている。C65-115 若竹 昭和十五年三月發行。
そのほかの花の木々も、みなほんのりと蕾(つぼみ)がふくらんで、
あたり一面に霞(かすみ)が立ちこめているのだった。ありべかり。殿(源氏の君)は、
(源氏の君)「月が変れば、御賀の準備が近づいて、何かと落ち着かなくなるでしょうし、
そんなときに合奏なさるのではお琴の音も、御賀の試楽でもしているように世間から
取り沙汰されましょうから、このところの静かな折に弾いてみてくだされ」
とおっしゃって、殿(源氏の君)は、対の上(紫の上)などを、宮(女三の宮)のおられる寝殿に・・・・《お連れ申される。『勅奏官員表』明治12年 清宝堂刊 元袋付 明治時代和本(畳物一舗)銅版刷。》
備考:冷泉天皇は桐壺天皇と藤壺中宮の皇子としているが実際は源氏の君と藤壺の皇子。1892年 明治25年 日本外史簒語字解 古書 揃4冊 (検 頼山陽 ③EN。東宮(皇太子)は、今上天皇として即位し、今上天皇と明石女御の御子は、源氏の君の孫、のちに次期天皇として即位する未来が開け源氏の君の栄華が際立つ。●極上和本YM4714●道話目覚草 浪花某作 文化12年 稀書 石門心学。
現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)
備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。●極上和本YM3206●小笠原大諸礼集大全[小笠原大諸礼集]文政9年初刷本 美本 稀書往来物 大江文全編 村田嘉言画 奥田松庇閣板。
禁裏(京都御所)で書かれたものです。理論・演習 辻正次 泉信一 昭和37 数学算術算法珠算算盤数和算塵劫記幾何学代数検)ピタゴラスアルキメデス 戦前明治大正古書古文書PE。
《New Herbs Part Two(若菜・下)》
"You must show him what a fine young lady you have become."
Her women silently thanked him.
That she had grown up at all was because of the trouble he had taken with her.
Late in the First Month the sky was clear and the breeze was warm,
and the plums near the veranda were in full bloom.
In delicate mists, the other flowering trees were coming into bud.
"From the first of the month we will be caught up in our final rehearsals,"
said Genji, inviting Murasaki to the Third Princess's rooms.
"The confusion will be enormous, and we would not want it to seem
that you are getting ready to go with us on the visit.
英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward e Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)
《若菜・下》
“!若非大人如此悉心管教,那孩子脾气就更加不能藏了。●極上和本YM3333●〈証文字尽〉用文章手習鑑 稀書往来物 他に所蔵無し。”
正月二十日左右,天色晴朗,和日暖。『堀川院百首』(全三巻揃)慶安3年跋 出雲寺和泉掾 江戸時代和本 堀河百首 平安時代和歌文学 藤原公実 源俊頼 源国信 大江匡房 藤原基俊。庭前梅花盛,
其他春花亦皆含苞,四周春云迷。寂本『野峯名徳伝』(全二巻二冊揃)貞享四年序 紀南山書林永寧坊山本平六刊 江戸時代和本 真言宗 仏教書 仏書 徳島県・地蔵寺旧蔵書。源氏言道:“出了正月,便准祝寿,
大家都要忙了。【中古】 キリスト者の標準 (1961年)。到那行琴筝合奏,外人将演,便多麻。(古本)新編 会津風土記 旧版 全5冊組 函付き 雄山閣 A61682 19600525発行。
不如就在此悄悄地行。(古本)大本営陸軍部 大陸命・大陸指総集成4 昭和14年 森松俊夫 函付き モリティ出版 MO8007 19941031発行。”便邀明石女御、紫夫人、明石夫人等都到
中国訳文の出典:『源氏物(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)
中央の写真(右から2番目)の写真が「源氏物語」若菜・下の巻の末尾(原本番号107-B)の押印。『江戸風俗浮世絵大鑑 第二集』(手摺浮世絵木版画全11枚揃)大正6年 風俗絵巻図画刊行会刊 葛飾北斎 奥村政信 鳥居清満 懐月堂安慶ら。
左下の四角の大きな印は仙台・伊達家の家紋の印(竹に雀)
家紋の上2つの印は仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)の印。時事快報 璧報 1942年 武徳報社 検索⇒ 検索:支那 中華民国 汪精衛 蒋介石 関東軍閥 国民党 督軍 生写真 革命党 満洲 総督府 張学良 古建築。冬姫は内大臣・通誠の養女。花鏡謌集。
冬姫は通称。●極上和本YM3363●女用千尋浜 安永9年 稀書往来物 浅田恒隆書 下河辺拾水画。正式な名は伊達貞子。★【希少本 歌舞伎 古書】梅川忠兵衛★スマートレター発送可能。2つとも貞子の印。八文舎自笑他『役者智恵競 上巻』嘉永5年刊 江戸時代和本 役者評判記 歌舞伎役者。左端の写真は「若菜・上の巻」末尾の拡大写真。勘忍記。
左上端の細長い落款は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩文の印。(古本)登校拒否・不登校をめぐって 高垣忠一郎 青木書店 TA5765 19910801発行。漢詩文の右の2つの印のうち、下は出雲藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)の印。【扇屋】中央美院画稿書画/欽定三希堂法帖 馬 山水 書など 3冊セット 寸法 約27cm×約18.5cm 唐本 中国 古書。方子の上の印は方子の娘・幾千姫(玉映)の印。芦丸舎貞山『誹諧手挑燈』(上中巻 元合本一冊)延享二年版 江戸時代和本 俳諧書 俳書。右上の印は仙台藩医・木村寿禎の落款。[W2556] 希少! 送料無料「團團珍聞 全48巻揃」/ ケース付 監修:北根豊 1981~85年発行 本邦書籍 団団珍聞 復刻 風刺雑誌 マルチン 現状品。右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。●極上和本YM4273●寺沢かな文章(江戸中期)稀書往来物 原装題簽付。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
(出品した自筆の「断層画像写真」(若菜・下の巻)MRI 35―26B
自筆下二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」
1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。千字文網目 画引十體 1836年 木版刷 木刻本 漢文 漢学 支那 篆文 金石篆刻 書道法帖 王基 孫丕顕 唐本漢籍 古籍善本 線装本。2番目の写真は近衛基熙の肖像(陽明文庫・所蔵)
3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の天皇家・近衛家略系図
【天皇家・近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ・7)平成29年7月淡交社・刊行】
4番目の写真は、「日本史の茶道」千利休の孫・宗旦と近衛基熙の茶の湯の交流」120頁(淡交社刊)
5番目の写真は、近衛基熙が、御所で第111代・後西院天皇を主賓に茶会を開催した記録「公家茶道の研究」55頁(谷端昭夫・著)
「源氏物語」「若菜・下の巻」絵図、茶室関係資料
下記写真1番目は、「源氏物語屏風(若菜・下)」(源氏物語絵巻)
朱雀院(前朱雀天皇)の五十の賀を祝い女三の宮、紫の上、明石女御が演奏する「女楽」の有名な場面
上の女性三人のうち右から紫の上は和琴、明石の女御は箏、女三の宮の琴。●極上和本YM4745●開化小野バカムラ啌字尽[小野バカムラウソ字尽・宇曽字尽]式亭三馬原作改編 鴻田真太郎作 滑稽本 稀書 往来物 戯文。
手前の後ろ姿で琵琶を弾いているのが明石の君
上から2番目の写真は、「淡交」別冊(愛蔵版・№71 『源氏物語』特集)
上から3番目左右の写真は、茶会における大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」を茶道具として用いた茶室の事例
「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款が押捺されている。☆E0253和本江戸享保3年(1718)仏教音韻学「新増韻鏡易解大全/新増韻鏡字子大全」5冊揃い/盛典/古書古文書/木版摺り/梵字。この漢詩は「白氏文集」の漢詩に由来するものです。室鳩巣『駿台雑話』(全五巻五冊揃)寛延三年序 伊丹屋善兵衛他刊 江戸時代和本 随筆集 儒教 朱子学。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。俳諧用捨箱。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。漂客紀事。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。写本 中院通茂歌集『老槐和歌集』江戸時代和本(写本) 老槐集。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 中津 古文書 書状。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。長谷川伸旧蔵書(自筆覚え書入) 小野芳彦先生遺稿刊行会編『小野翁遺稿 熊野史』昭和9年 和歌山県立新宮中学校同窓会刊。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。●極上和本YM4208●〈百瀬〉飛鳥山往来 稀書往来物 百瀬耕元 佐熊耕梁作 寛政3年 原装題簽付 美本。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。大内青巒『熱海独案内 全』明治18年 遊仙洞上梓 熱海温泉案内書 明治時代和本 折込地図「豆州熱海全図」。撮影後、展示のために再表装をしております。増補谷文晁本朝画纂大全。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。四民往来永楽通宝。
国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。沙門文雄編『磨光韻鏡字庫』(全二巻二冊揃)天明8年 柏原屋清右衛門刊 江戸時代和本 中国の音韻図「韻鏡」研究書 磨光韻鏡後篇。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。祠保堂帳 文化6年 臨済宗 洞春寺 山口県山口市水の上町 仏教 観音祥院 写本 検)浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教禅宗PB。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。女訓宝文庫(躾方百人一首)。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 犬甘 要鑑 六武、十二城、十三備、十四手、二十二安、十九地 古文書。
2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。上州草津温泉之図。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。拾玉智恵海。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。●極上和本YM3217●愛育茶譚(半紙本)桑田和(立斎)嘉永6年春刊 医学 産育史料。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。岡村丈山『鼇頭覆覆集』(全三冊揃)元禄17年刊 井上梧陰旧蔵書(印記「梧陰文庫」)江戸時代和本 石川丈山漢詩集『覆醤集』注釈書。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。源氏物語評釈 全12巻別巻2 14冊揃 玉上琢彌 セット。
3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。●極上和本YM3339●〈新板〉牢人状[牢人帖・牢人申状](原装題簽付2)元禄頃刊 稀書往来物。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。●極上和本YM4709●〈石門〉陰陽和合和讃・地獄極楽同境和讃 寂庵作 嘉永2年 中村徳水序 平野橘翁跋 石門心学 稀書。
4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。蔀関牛 増補書状便覧 竜章堂 和本 古書。母は後水尾天皇皇女女二宮。窪村一舟編『信濃俳諧百家集』明治18年刊(長野県西筑摩郡)明治時代和本 伊那の俳諧結社円熟社創設の馬場凌冬ほか 長野県伊那市郷土史料。実母は近衛家女房(瑤林院)。(中国晋代)張華撰 (宋代)周日用等注『博物志』(正続全二〇巻四冊揃)嘉靖十年序刊 江戸時代和本 唐本漢籍和刻本。幼名は多治丸。西脇惟親 (西脇国三郎) 著 西脇済三郎編『雲林遺稿』(全二巻二冊揃)明治34年刊 漢詩集 新潟県小千谷市郷土史料 西脇順三郎。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。吉田健一著作集 全32冊 吉田健一。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。五人組帳写。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 繁藤之弓作左法 古文書。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。(古本)日本から世界へ ドナルド.キーン カセット付き サイマル出版会 F05062 198702発行。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。『相場割代盛記』上田源蔵刊(濃州大垣本町)江戸時代和本 岐阜県大垣市郷土史料。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている
ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。親鸞聖人御一代記図絵 全5冊。
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